らびっとクリニック院長の医療雑話

芝川の土手の菜の花

投稿日:2018/4/22

日曜の朝は、我が家の犬と大体この辺を散歩しています。今は菜の花が芝川沿いの土手を緑と黄色に染め分け、見沼たんぼにはさまざまな花が咲いています。

徳島あわおどり空港

投稿日:2018/4/8

大学時代に亡くなった先輩の三十三回忌で徳島県鳴門(なると)に行ってきました。

30数年ぶりに同窓生にお会いして、変わらぬ「人となり」と変わってしまった「みなり」を互いに確認して、懐かしかったり恥ずかしかったり。

32年前に30歳で亡くなった若者のことを忘れずに二十数名の同窓生が集まりました。誰からもリーダーとして慕われていた人だからこそ多く人の記憶の中でこのように長く生き続けていられたのでしょう。よく生きるためには先に逝った人のことを強く思う必要があると思う。古い友人と 会う事は楽しいけれど、時に痛みもともなう事でもある。とりわけ人の死を介して記憶を共有する場合には。人の死を介して自分の今を問いただす作業においては。

古くから続く法事にはそのような意味があるのかもしれないと思った次第です。

空も海も青く、何もかも美しい鳴門海峡の春の鯛は哀しいほどに美味でした。

 

線維筋痛症総説を書きました。

投稿日:2018/4/3

ホームページ更新

投稿日:2018/4/2

今回、開院7年目でHPをリニューアルしました。当院のコンセプトを強く意識しながらページづくりをしました。リウマチ性疾患と慢性疼痛を柱にした診療内容をイメージしていただきやすいように工夫したつもりです。
写真は先週末の香川県、栗林公園の桜です。

小学校の卒業式

投稿日:2018/3/22

私が学校医、産業医をさせていただいているさいたま市立美園小学校の卒業式に本日参加して来ました。

美園小学校は開校して6年。今年の卒業生は6年前の開校時に入学した生徒たちです。

ですから2012年に開院したらびっとクリニックも今年の卒業生たちと同級生です。

そう思うと、校長先生、教育委員会の方やPTA役員の方のご挨拶が、私自身にも向けられた、とても大切な言葉として受け止めることができました。

「アンパンマンは正義のヒーローですね。アンパンマンはお腹の空いた子供たちに自分を食べさせてあげます。本当の正義のヒーローは自分が傷ついたり犠牲になることもあるのです。」

「イチロー選手のことを皆さん知っていますね。継続が力だと彼は言っています。どんな偉大な業績も一つ一つを積み上げることでしか成し遂げられません。」

「いのちを大切にしてください。そのままの君たちで良いのです。」

「これからのAI(人工知能)の時代こそ人間どおしの繋がりが大切になるのです。」

卒業式の「大人たち」の祝辞が美しくも少し切ないのは、子供達への願いと希望であるだけでなく、本当は自分自身の過去とこれからの時間に対する思いが込められているせいかもしれません。

研究会・勉強会発表

投稿日:2018/2/7

今年度、下記の研究会・勉強会などで講演・発表を行いました。必ずしも十分に準備できた内容ではなかったのですが、開業医としても医学情報を発信する機会を得られたことは大変幸福なことと思っています。

#1シェーグレン症候群と線維筋痛症の臨床(川口市医師会講演会2017.6.22 川口駅前市民ホール)

#2関節リウマチ症例検討(Case Study Webセミナー2017.6.19 武田薬品 東京本社)

#3関節リウマチ合併骨粗鬆症に対するプラリアの有効性・安全性(リウマチ性疾患に伴う骨マネジメントを考える会 2017.9.11 浦和ロイヤルパインズホテル)

#4リウマチ性疾患における慢性疼痛の診かた(第22回さいたま市合同リウマチカンファレンス 2017.9.20 大宮ソニックシティー)

#5関節リウマチ患者における線維筋痛症のcomorbidity (日本線維筋痛症学会第9回学術集会 2017.10.14-15 千里ライフセンター)

#6様々な状況のRA治療の実際(田辺三菱製薬社内勉強会2017.11.9 大宮)

#7地域医療の第一線でいかに線維筋痛症と向き合うかーリウマチ内科開業医の実践ー(第11回線維筋痛症東京フォーラム 2018.1.17  京王プラザホテル)

#8高齢者リウマチ性疾患の診断と治療(高齢者へのリウマチ治療を考える会 2018.2.1 TKP大宮駅西口カンファレンスセンター)

論文

#1森口正人. 線維筋痛症の早期診断と治療. リウマチ科 2018; 59(1): 56-63

 

「クリニックの評判」と7年目の飛躍のためにおもうこと

投稿日:2018/1/17

ネット上で一旦悪評を書かれてしまうと、非難された側の当事者としてはなんとも反論のしようもなく、「やれやれ」と思いながらも自分の未熟さの故の「身から出た錆」と諦めるしかないのかと思い、なんとも気が滅入るものであります。「Googleのクチコミ」に投稿された内容はダイレクトな感情のままに公共の場に公開されています。しかも、ずーっと消えずにいつまでも残っております。それは患者さんの生の声として重要であることは間違いありません。医療者側としてそうした批判を謙虚に受け止めるべきであると感じています。

私はこのような声を真摯に受け止めるべきと考えます。より良いクリニックになるための糧となる貴重なご意見だからです。辛辣であればあるほどに。一方私たちには理想があります。痛みと向き合うクリニックであり続けるいうこと。だからそれを臆面もなくHPで主張し続けています。しかし現状はまだまだ理想に程遠い。程遠いが理想を持つ限りは批判を冷静に受け止めることができると自負しています。だからこそ、その理想と現実の距離を縮めていく努力を怠るまいと思っています。

私たちのクリニックを改善するために必要なことがあれば、ぜひいろいろな形で、いろいろな場でご発言をいただければ幸いです。ネット上でも直接的にでもご意見箱にでも。良いことも至らぬこともどうぞお聞かせください。そしてもしちょっとでも良いことがあったならば、少しだけでよいので励ましのお言葉をください。その励ましがあれば私たちは萎縮せずにしっかり前に進めると思います。らびっとクリニックのスタッフは、頼りない船長ながら私を献身的に支えてくれています。ありがたいことだと感謝しております。皆様の声が私たちの推進力になります。

ワシントンDC再訪

投稿日:2018/1/11

年末年始1週間の休みをいただき、15年前に過ごしていたアメリカ、メリーランド州、ワシントンDCを家族で訪れました。

渡米後間も無く9.11の惨劇を間近に体験しイラク戦争の始まりと共に帰国して、その後世界中の全てが変わってしまったように思っていたのですが、かつて住んでいたアメリカ首都郊外の町は意外にも当時とあまり変わっていなかった。

現地の日本人が経営する観光リムジン(すこし大き目のSUVでしたが)に乗って、子供が通っていた小学校や、当時働いていた研究所、次女が生まれた病院、いつも利用していた日本人のための食料雑貨店などを半日かけて駆け足で回りました。

日本食雑貨店は、正月の買い物のためか多くの日本人でごった返しており、まるであの頃の自分たちと同じような日本人家族と出会って、時間がスリップしたような錯覚を感じました。

当時8歳だった長女は小学校や日本人学校、アパートの周辺などのいくつかの景色を懐しく思い出したようでした。次女は自分が生まれた病院を眺めて、人ごとのように、しかしちょっと感慨深げな様子。

昼ごはんはリムジンの運転手オススメのベトナムフォーの大衆食堂でチキンヌードルを堪能。

しかし氷点下の東海岸の冬の厳しさは半端なく寒かったです。

カズオ・イシグロの映画を見て感じたこと

投稿日:2017/12/18

今年のノーベル文学賞の報道で初めてカズオ・イシグロさんという作家を知りました。

それで先日iTunesで「日の名残り」(1993年)と「わたしを離さないで」(2010年)をレンタルしてみました。それぞれ日曜の午後と土曜の深夜に。

晴れた日の日曜の午後に観た「日の名残り」は、とても静かな余韻を残して心地よかったのですが、土曜の深夜に一人リビングで酒を飲みながら観た「わたしを離さないで」はとても辛かった。最後まで観続けられたのは主人公キャシー役の可憐なキャリーマリガンの演技に救いを感じたからです。

この映画は、生まれた時から臓器移植のドナーになることを運命づけられた少年少女たちの短い人生を描いたディストピア調のフィクションですが、私にはそのようなおとぎ話としてではなく死を教育し受容することを普遍的に扱ったノンフィクションのようにも思われました。

この物語で、ティーンエイジャーの登場人物達は、成人後まもなく自分が誰かを救うための臓器の提供者となり死ぬことを教育され管理され成長します。それを彼らは静かに、ゆっくりと受けとめてゆく。しかし成長して自分の生命・性と向き合うにつれて、決して静かではないそれぞれの反応を示してゆくことになります。圧巻なのは、すべてのドナー達が、最終的には自分の運命に抗う事なく数回の臓器提供の後に「コンプリート」する(死亡する)運命を受け入れていくことでした。この映画の中で唯一の救いに思えたキャシーでさえも、自分の死を受け入れざるを得ない点で例外ではありませんでした。

医者の我々は、人の命を伸ばしたり、死すべき定めを変換できると信じて医療に携わるけれども、100年くらいのスケールで眺めると医者が患者の延命に対してなしうる貢献度などは、いかほどのものでもないことに気づきます。我々平均的な無宗教的日本人であれば、壮年期になって老いを感じ始めてから、あるいは身近な人の死を体験するようになってから初めて自らの死すべき定めについて学び始めるのです。「わたしを離さないで」の少年少女たちはティーンエイジャーにしてその定めを教育され、20台そこそこで暴力的な死を迎えることを運命付けられている。激しく葛藤しながらも死に向き合い、受容せざるを得ない。私達の運命が彼らの運命と根本的に違うと言えるのだろうか?そのような複雑なことを考えさせられた作品でした。痛々しく救いのないストーリーですが、映像と音楽はとても美しい映画です。ぜひ一度ご覧になることをお勧めします。日本人である村上春樹の無国籍的小説も大好きですが、英国人であるカズオ・イシグロによる「日本的」感傷とそれを凌ぐ普遍的な人生観に大きなエモーショナルな体験を得られたことを感謝しました。

やがて哀しき同窓会

投稿日:2017/11/30

私は先の東京オリンピックの前年に香川県の小豆島に生まれ、高校・大学時代を高松で過ごしました。大学を卒業した翌年元号が平成に代わりました。地元で数年間臨床研修をしたのち、リウマチ膠原病を専門的に勉強したいと思い、1995年に上京しました。阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があった年です。2001年のSeptember 11 attacksをワシントンDC近くのベゼスダという街で間近にみて、2003年3月、米国を離れる1週間前にイラク戦争が始まりました。大学の病院を辞め開業準備をしていた2011年3月に東日本大震災と福島原発事故が発生しました。世の中の大きな出来事の歴史的な意味をその事件発生直後には理解できないように、自分の人生のその時々の瑣末な出来事の意味も後になってみないとわからないのだという気がします。

先日、卒業後30年近く経って初めて大学の同窓会に参加しました。懐かしい同窓生との邂逅を喜ぶとともに、友人の訃報を確認して哀しみを共有する場でもありました。

Aさん:「Kの七回忌が先日終わりました。」

私:「もうそんなになるのですね。ご両親はいかがでしたか?」

Aさん:「お父様は数年前に亡くなりました。お父さんがご存命の頃お会いして、Kが医者として使うことが一度もなかったネーム入りの聴診器を私に使って欲しいと言われていただいたのです。」

 AさんはKさんの親友で、Kさんは私と同じサークルで活動していた後輩でした。Kさんは私と同じ医局に入ったのですがその直後に交通事故で頭部外傷を負い、意識のないまま10数年間眠り続けました。

Aさん:「今もクリニックで彼の聴診器を使っています。・・・どうです、二次会は参加されませんか?」

同窓会の二次会の幹事役のAさんのお誘いを丁重にお断りして、私は銀杏並木の寒空の下、熟した実を踏みつけぬよう注意しながら帰路に着きました。「瑣末な出来事」ばかりではなかった30年の時間が少し重く感じられました。

何故らびっと? Concept 院長ブログ 医療雑話 クリニックからのお知らせ Doctor's Fileにて紹介されました
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