らびっとクリニック院長の医療雑話

2時間の里がえり

投稿日:2016/2/28

月1度だけ郷里の香川県の病院でリウマチ外来を手伝って6年になる。はじめは、老境の親を見舞う意味もあったのだが、すでに3年前に父は他界し、自立できなくなった母親もさいたま市に呼び寄せたので、あるじを失った実家は借家に出すことになった。だからあえて遠くまで毎月帰る理由は何もないのだけれど、この「アルバイト」を続けることには、私にとって何がしかの意味があるのだろうと漠然と思っている。

小豆島に暮らす還暦を過ぎた姉に用事があり、今日は14時過ぎの高速艇で高松から島に渡った。

「あんた重岩(かさねいわ)の山には登ったことあるん?」

「いやない」

「島の中では知らんところのなかったお父ちゃんも、重岩には登ったことがない、いよった。死ぬ前に連れて行ってあげたかったなあと思うんや」

「なんで?」

「ほら瀬戸内海の景色がめちゃめちゃ綺麗やからやん。観光客もようさんくるんで、あんた、上まではよう登ってきておいで、綺麗やでえ」

姉に命ぜられるまま、15分ほどひどく急峻な山道を鉄鎖の手すりに頼りながら登りきると360度のパノラマに出会う。日頃の運動不足のせいで息が上がって膝が笑う。八百年前に屋島の戦(那須与一が活躍した合戦)から逃れた平家の武士がこの山中に逃れてきた後に息を引き取ったという説明や、四百年前の大阪城修復のための石を近くで採取したなどという「歴史秘話」を書いた観光案内の掲示物が立っていた。八百年も四百年もつい最近の出来事のように思わせてしまう、不思議。庶民の側から見れば、歴史の大事件もおそらくは日常のなかのひとつの風景に溶け込んでいたのに違いない。

最終の東京行きの飛行機に乗るため17時に港に送ってもらった。風邪だという姉に、鞄にあった自分用の漢方薬を3包渡した。「早めに飲むと割とよくきくから」

島の4つ(?)の小学校が1つに併合され、2つの病院が1つに統合し、2つの高校も1つに合併したとのこと。40年前4万人以上いた人口は3万人を切っている。廃校になった小学校舎の佇まいは、朽ちてゆく自然風化に任せるようで痛々しい。山頂の絶景からは見えなかった島の暮らしぶりの一部が麓に降りると目に入った。

何故らびっと? Concept 院長ブログ 医療雑話 クリニックからのお知らせ Doctor's Fileにて紹介されました
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