らびっとクリニック院長の医療雑話

関節リウマチの「遺伝」

投稿日:2012/2/21

「リウマチは遺伝しますか」という質問を受けることは少なくありません。私の回答はだいたい下記のようなものです。それが本当の意味で(つまり患者が最も懸念することを解決するという意味で)正しい回答であるかどうかはわかりません。

「もしあなたの質問がメンデルの法則に従う狭い意味での遺伝病かということであれば関節リウマチは遺伝病ではありません。例えば遺伝的背景の全く一致する一卵性双生児の一方が関節リウマチであったときに他方が発病する確率は15-30%程度で、一般集団でのリウマチの有病率0.5-1%と比べるとはるかに多いですが、逆にいえば70-85%はリウマチにならないわけです。」

「そうですか、私の母も母の2人の姉妹ともリウマチか膠原病でしたので私の娘は大丈夫かと。」

「多くの内科の疾患は遺伝的要因に加えて環境要因が複雑に関与しており‥」

「でも先生はリウマチは生活習慣病ではないと以前おっしゃったと思いますが」

「確かに生活習慣病ではありません。でもね、タバコはリウマチの発病オッズを2倍程度は上昇させるし、肥満だって荷重関節の破壊進行に影響があるわけで、」
「私はタバコは吸ったことはないし、太っているわけでもありません」
「いえ、もちろんその通りです。ただ統計的には、リウマチの発症に関わる遺伝的要因は3割程度で、そのうち最大の遺伝要因はHLAという免疫に関わる主要組織適合抗原の型ですが全体の要因の10%程度の関わりしかないと言われています。おそらくはご家族には遺伝子だけではなく、共通する環境因子があったからご家族内で病気が集積したのかもしれません」
「そうですか。でもその共通する環境因子ってなんですか」
「….」

統計的推論に何かの意味があるとしたら、未来に向かって何か不測の事態がどの程度の確からしさで起こりうるかということを知り、心の準備を与えるという以外には思いつきません。一方で人間は将来の不測の事態にばかり気を病んでいられないのもまた事実でしょう。解釈の堂々巡りは医者の常套手段ですが、このようなディベートであまりいい場所に着地することは少ない。

私は以前大学で、関節リウマチになった人の中でアミロイドーシスという重篤な多臓器不全に陥る人がどのようなタイプなのかを調べておりました。アミロイドーシスは長く持続するリウマチの炎症の結果、重い臓器障害(腎不全や消化器障害)を起こしてしまう病態のことです。

その研究の中である種の遺伝的要因がアミロイドーシス発症に関わっていることを知りましたが、その後アミロイドーシスの患者を実際の臨床の場で見ることが極めて少なくなりました。これは別にアミロイドーシスの疾患関連遺伝子にアプローチする治療が開発されたためではなく、リウマチの活動性を強力にコントロールする薬が広く使われだしたからなのです。アミロイドーシスは強いリウマチの炎症が長期間続くことで起こる病気なので、リウマチが薬でよくなってしまえば、遺伝子背景がたとえアミロイドーシスになりやすいタイプの人であっても発病しないということです。

私が数年間格闘したアミロイドーシスの遺伝的要因の調査などは生物学的製剤をはじめとする強力なリウマチ治療(環境要因)の導入のおかげで、すっかり臨床的意義が霞んでしまいました。これは、遺伝的要因が決して疾病発病の宿命ではないことを示すひとつの例です。もし明日が今日と同じならば、過去のしがらみは私たちを縛り付けて放さないかもしれないが、未来もまたいろいろな介入により変わり、遺伝という呪縛の重みも変わってしまうことを忘れないでほしいなと思います。

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