以前アトゥール・ガワンデの「死すべき定め」というノンフィクションを紹介しましたが、同作者による「医師は最善を尽くしているか」という作品を週末読んでいました(みすず書房2013年)。医療関係のドキュメンタリーとして文句なく面白いのですが、ここでは「偉大な医療行為」というものが実は天才的な発見や驚くような医学の最新テクノロジーではなく、勤勉と道徳的な潔癖に裏付けられた、現場での創意工夫であるということ。つまりたとえ不完全でもなんとか問題を解決しようとする現場の医療者たちの意思の力が医療の偉大な力であることを説いています。ハーバード大学の教職にあるという著者のキラキラ職歴からは想像できないフットワークで、様々な第一線の医療の現場に取材し、生の取材を通じて「与えられた医療現場」で最善を尽くす人々を描いている。そのフィールドはイラクの戦場からインドの片田舎、死刑執行室にまで及びます。ガワンデDrはこの著作の中で、ガイドラインに従うだけの医師の仕事の限界を説いています。彼はガイドラインに縛られた「機械の中の白衣を着た歯車」のように振る舞う医師が、むしろどのようにして「価値ある違い」(平均医からのポジティブな逸脱)を生み出すべきかという提案を繰り返しているのです。
その「ポジティブな逸脱」のために彼は5つの答えを用意しました。おそらく医学生や若い研修医に向けての教訓として書いた言葉ですが私のような中年のくたびれ気味の医師に対しても大変大きなインパクトを与えてくれました。①筋書きのない質問を患者にすること。患者と医療情報を得る以外の話題で時間を共有することで、「歯車」ではない医療の何かを感じられるということです。②不平を漏らさないこと。医者が自分たちの不服や苦労についての長談義をしても何の解決も生まれないということ。③「何かをかぞえること」。医療現場の様々な事象について、定量化する(「数える」=現場の臨床の科学化、数値化する)ことによって発見することができる。④何かを書くこと。自分の観察した世界を誰かに見てもらうこと。書くことによってコミュニティに貢献するという意思を表すことが重要であると⑤システムを変えること。従来の枠組みの中で仕事をするだけではなく、また社会にリスクと責任を押し付けずに、自分の考えに責任を持って医療システムを変える努力をすること。
「人々は医師の仕事を孤独で知的な作業だと思っている。しかし本当のところ、医学を正しく行うことは、頭を使って難しい診断をつけるようなことではなく、スタッフ全員にくまなく両手を洗わせるようなことなのだ」