らびっとクリニック院長の医療雑話

恩師の墓参り

投稿日:2014/11/16

恩師の命日の前日、日曜のよく晴れた朝だったので、大塚までお墓参りにふらっと出かけた。都立病院を左手に見ながら公園を突き抜けると少し懐かしい昭和の趣が残る民家の路地に入り、大通りに出たところに寺がある。からだひとつのお墓参りなので一輪の花、一本の線香も持ち合わせない。ただ墓前に手を合わせるだけのことである。

線香の灰に混ざってタバコの吸殻が1本残っていた。愛煙家だった先生を偲んで誰かが供えたものであろう。タバコが先生の病いの一因であったとしてもお供えの吸い殻に抱く感情はまた別のものである。タバコを美味そうに吸っていた先生の笑顔は、我々教室員共通の懐かしい思い出である。

17年前に三沢空港で先生の訃報を聞いてからの年月を振り返る。私の歩みは恩師の教えに忠実であったとは思わないが、いつも困った時には先生の言葉と診療の姿を思い出していた。還暦を過ぎて程なく恩師は亡くなった。その年齢にゆっくり自分が近づきつつある。激務の中でも医局員を大切に指導し育てた先生のことを思うと、自分自身の怠惰と不勉強を恥じるばかりである。「先生の亡くなる年齢を迎えるまでにはもっとしっかり仕事しなければ」と墓前で深く反省した。

久々に乗った日曜昼時の丸ノ内線は空いていた。座席の左隣には2歳くらいの女の子が父親に抱かれて眠っていた。17年前の自分の娘と同じ頃の年だ。向かいの座席には5歳くらいの少女が母親と並んで楽しそうにおしゃべりをしている。左前には小学生低学年の少女が、右側の座席のスマートフォンに見入る女性は今の娘と同じ年頃に見える。過ぎた年月を自分自身の記憶だけで測ることは難しいのに、子供の年齢を物差しにしてみると、かけがえのない時間の質量を実感することができる。懐かしさとともに、ある種の寂しさを地下鉄の湿った暗い空気の中に感じながら。

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