私には、南青山で一人暮らしをする70代の叔父がいる。人一倍健康に留意していたというのだが大病をして救急病院で治療を受ける事になった。さいたま市に暮らす私が最も近くにいる親族であった事もあり繰り返し病院に通う中で、改めて日本の救急病院のありがたさを感じた。発症時敗血症性ショック状態が長らく続いたため昇圧剤を最大限使用し、透析、人工呼吸などフルセットの救命治療にて九死に一生を得た。意識を取り戻した本人はいたって平然として最近の株価の話題など気楽にしている。ただ死線をさまよっていた頃は「崖をよじ登っては落下する」悪夢を繰り返し見たとの事。
冗談半分に「三途の川は見ましたか」と尋ねると「それは見なかったが、医者らしき人間がごちそうを前に楽しそうな宴会を繰り広げていた夢を見た」と。なんだか拍子抜けする夢である。
ただショック状態が長く続いたため両足趾の壊疽から蜂窩織炎を併発したため膝下から両足を失う事になった。70代の独身で両下腿の義足ともなればさぞかし生きる気力も萎えている事だろうと、足繁く病院に通って様子を伺っていたが、義足を作ってのリハビリに意欲十分でこれからの仕事のプランをいろいろ私に話す。私は彼の楽天性に驚きながらも、語らぬ覚悟もあるのだろうと勝手な想像をする。肉体を失っても失わぬ気力の正体は何かと考えてみる。