PubMedで”fibromyalgia”(線維筋痛症)と”Tai Chi”(太極拳)というキーワードで検索をかけると19件の論文がヒットして、そのうち1つは2010年にNew England Journal of Medicineという世界で最も権威あるとされる臨床医学雑誌に掲載されたものです(PMID: 20818876)。この論文では週2回、1セッション60分の「古典的なYangスタイル太極拳」(私にはどのようなものなのかわかりませんが)なるものを12週間つづけた治療群とコントロール群を比較した大真面目な臨床試験の成績を紹介しています。様々な疼痛評価指標やクオリティーオブライフの指標が有意に改善することが示され、有害事象は何もなかったというもの。FIQスコアという質問形式の日常生活動作評価指数はコントロール群に比べて40%程度改善し、しかもその効果は24週以上持続したという事です。
最近はプレガバリンという神経興奮を抑えるような薬や抗うつ薬としても使用されるデュロキセチンなどが線維筋痛症に広く使われ有効性を示すことが明らかになってきています。そういう「ハイテク」薬の対極とも思える太極拳が、ものすごく「効く」んだとNEJMという一流誌がお墨付きを出したということ自体に、論文の出た当時の私はびっくりたまげたのです。そのころの私は、日本の多くのリウマチ医同様どちらかといえばこの病気に正面きって関わりたくないなあという気分がまだ少しあったのですが、この頃から私自身の意識が変わってきたのを覚えています。ちゃんと線維筋痛症に対峙せねばと。
この論文はボストンのTufts Universityというところから出ていますが、Authorの何人かは名前の感じからおそらく中国人(もしくは中国系アメリカ人)だと思います。日本人研究者はこういうところから研究課題を発想するでしょうか?おそらく禅なんかにも同様な効果があるのだと思いますがあまりそのへんは日本人で研究している人はいないんだろうなあ、とぼんやり思っていました。ところが先日の土曜日、渋滞した首都高をのろのろ走りながらラジオを聞いていると東邦大学医学部生理学の有田秀穂教授が禅と脳内セロトニンの関係について有名な音楽家と対談している話を聞き思わず興奮してしまいました。道路渋滞のせいで欠乏気味だった脳内セロトニンが一挙に分泌された感じ、いやドーパミンのほうかな?
薬物を使った臨床研究は、それを強力に推進する資本のあとおしがあるわけで、圧倒的物量作戦を用いながら強力なEBMを作りやすい。一方太極拳や禅が体に良いとしても太極拳教室の指導員や禅寺のお坊さんがNEJMに論文を出すはずはないし、お金儲けをしようとはしないでしょう。EBMレベルも当然あがらない。EBM教団の医師はそのような話を無視しようとする‥.‥.でもそのようなお金にならない(?)ような話を、おそらくはあまり莫大な支援をスポンサーから受けることもなく(?)真面目に医学的に厳密な検証をしようとすることに、私はこの方々のガクモン的高潔さを感じないではいられません。
さて、最近らびクリの「体育会系女子」のあいだで太極拳サークルが発足しました。美容体操のようにちょっとはしゃいでいるようですが、ぜひ長く続けていただいて、痛みの患者さんへも指導できるレベルになってほしいなあと願っています。