らびっとクリニック院長の医療雑話

リスクを減らすということ

投稿日:2012/1/9

たとえば、「若者ならばリスクを取ってでも、アグレッシブにいろんなことにチャレンジしていくべきだ」とか「政治家はリスクも取ってでもリーダーシップを発揮しなければならない」というような文脈では「リスクを回避する」生き方というのはあまり褒められた話ではないかもしれません。しかし「健康に良いこと」という医療の文脈では、健康を害するリスクをいかに軽減するかということが最大の関心事です。リスクを回避し減らすことが至上命題となります。
たとえばちょっと少なめに注いだグラスワインが関節リウマチに良いというような研究発表が最近ありました。これは米ハーバード大医学部のBing Lu氏らが、昨年の米国リウマチ学会(ACR2011)で発表したもので、少量アルコールによる関節リウマチ発症抑制効果を報告しています(http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/acr2011/201111/522399.html)。1日に5g未満のアルコールを摂取する女性は、全く飲まない女性に比べてRA発症リスクが22%軽減され、1日に5~9gのアルコールを摂取する女性は35%までリスクが軽減されたと。これは確かに立派なエビデンス(統計的に意味のある、臨床研究上の証拠といった意味合い)かもしれません。ただこのエビデンスを医師はどのように診療に用いるべきでしょうか?少しのアルコールは体に良いからとリウマチの方に勧めるでしょうか?あるいはリウマチの家族歴がある人にアルコールを少し飲んでリウマチ発症リスクを減らしましょうということをいうでしょうか?あるいは、タバコをやめられないリウマチの方がいたとして、「タバコはリウマチを悪くするから禁煙すべきだが、どうしてもやめられないならばせめて少量のアルコールを飲みなさい」と勧めるべきでしょうか?
これらはいずれも先の臨床研究から導きだされたエビデンスを正しく運用した話ではないのですが、研究の結果だけを聞くと、そのような話を診察室でもっともらしくしてしまいそうです。
この研究は、もともとリウマチではない人たちをアルコール摂取量によって群分けをして26年間の観察期間中にリウマチを発症した割合を各群で比較したものです。実際少量のアルコールを飲むことがリウマチ発症やリウマチの疾患経過に与える効果を研究したものではないので上記のような「アドバイス」をすることはエビデンスの誤用というものでしょう。健康情報には結構こういうものが少なくないので意図的に一部のエビデンスのみを使うことは医師として慎むべきであると思っています。

病気のリスクを減らすために別のリスクを取るという選択が必要な時がしばしば日常診療の場ではあります。またリスクを高めることがわかっていてもせざるを得ない医療もあります(ハイリスク患者の緊急手術など)。こちらを立てればあっちが立たずといった感じでしょうか。もちろん私自身、EBM(エビデンス・ベイスド・メディシン=統計的証拠に基づいた医療)が治療方針決定上の最大のツールであることを認めつつも、EBMという「天下の宝刀」だけを振り回すことは戒めなければならないと思います。

お正月に飲むお屠蘇は、昔から言われる百薬の長たる少量の酒の効用から生まれたものかもしれません。ただ大酒飲みほどこの「百薬の長」という宝刀を振り回しているような気がしないでも…

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